朝日新聞のコミュニケーション誌「朝日サリー」  

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vol.245 吉田恵美子さん
PROFILE
1957年いわき市生まれ。磐城女子高校(現桜ヶ丘高校)卒業後、奈良女子大学文学部へ進学。その後1年間教職に就き、いわきへUターン。結婚・出産を経て、1990年ボランティア団体「ザ・ピープル」設立に参加。2004年にはNPO法人を取得。現在ファイバー(古着)リサイクル事業、障がい者自立支援事業のほか、海外生活支援など幅広く活動を続けている。

何もしなければ変わらない
一歩踏み出す勇気からできること
■誰かの役に立ちたい家庭の中の主婦からの前進
今でこそ、環境問題への意識は高まってきているが、まだまだその問題は果てしなく大きな地球規模の課題ではないだろうか。NPO法人〈ザ・ピープル〉は、環境問題と向き合い、古着のリサイクルを中心に障がい者支援、海外生活支援などさまざまなボランティア活動を繰り広げる市民団体。代表を務める吉田恵美子さんは発足当時から18年、常に先頭に立ち、走り続けている。
 子どもの頃、母の影響から毎週通った日曜学校でその想いは生まれた。福祉施設を訪問したり、ボランティア活動を通して「誰かのために何ができるんだろう」と自然に考えるようになった。大学卒業後、教職に就き、25歳で結婚。専業主婦となり、2人の娘を授かった。幸せな生活の反面、社会と接点のない家庭の中にいることが次第にストレスとなっていった。誰々のお母さん、奥さん、お嫁さんと呼ばれることに違和感を持った。吉田恵美子という個人として社会と向き合いたい、誰かの役に立てることがしたい。そんな想いが膨らむ中で、いわき市が主催する「いわき女性の翼」という海外視察団の募集を知った。当時は、娘たちも幼く、まだまだ手の掛かる状態だったが、彼女の想いを知る夫・稔さんが参加を勧めてくれた。そして、11日間の海外視察の中での見聞や人との出会いが彼女の人生を大きく変えることとなった。
 研修後、自分たちの問題意識を実際に行動に移そうと、参加したメンバーの中の主婦数名が集まった。「自分たちが学んだことを地域に伝える活動がしたい」。その想いが重なり、1990年〈ザ・ピープル〉は産声を上げた。
↑小さな事務所は書類の山。「うちは一輪車操業だから」と明るく笑う吉田さん
■古着をゴミへする前に…「もったいない」の想い
彼女たちがまず目を向けたのが、主婦の目線から見た生活環境。地域の身近なゴミ問題を中心的な課題とした。牛乳パックの紙すきや子ども向けのイベントなどを通して、地域に環境問題に対する情報を提供し、その活動の中で、古着をゴミにしてしまうのがもったいないという意識を持つ人が多いことに気がついた。「古着だったら主婦の感覚でなんとかなるのではないか」。そこから古着のリサイクル活動が始まった。
 古着回収用のドラム缶を市内銀行の店頭に置き、集まった古着を再利用してもらうためにバザーや店舗で販売。その他、売れ残った古着などはリサイクル業者へと渡す、橋渡しの役目として動いた。しかし、その活動も数年が過ぎた頃、景気低迷でリサイクル業者が古着の取り扱いを廃止。行き場をなくした古着の山が残ってしまった。今までボランティアとして日々活動を重ねてきたスタッフたちは皆、肩を落として落胆した。「まだまだ使えるものなのに、もったいない…」。彼女はこの「もったいない」の言葉に突き動かされ、独自によるリサイクルの取り組みとしてエコウールリサイクルなどを始め、次へのステップとした。 
 ドラム缶一つから始まった古着の回収は、今では、回収ボックスとして市内の銀行やスーパーマーケットに25カ所設置されるようになった。そして、常設として古着を格安で販売する店舗も5店舗設置。市内外から集まる古着の総量は、月に16トン、年間200トンにもなる。
↑古着の山を一枚一枚ていねいに仕分けする作業。〈ザ・ピープル〉では学生ボランティアも活躍している
■家族と多くの人の支えから作り上げてこれたもの
 〈ザ・ピープル〉の活動は古着のリサイクルだけでは留まらず、活動の輪の中に障がいを持つ人々も迎え入れている。障がい者小規模作業所(現在は独立したNPO法人として活動)を立ち上げ、回収した古着の中から、工業用のウエスや雑巾を制作し、身近な役立つものへとリサイクル。また、ウール50%以上の古着は、リサイクル工場へと輸送し、車の断熱材などに活用させている。そして、リサイクル活動による収益金は、海外生活支援として社会に還元することもできた。子どもたちがきちんとした教育が受けられるようにと、タイの山岳民族の子どもたちの施設整備や通学寮の建設、また、ラオスの女性たちの自立をサポートする事業も始めた。
 ボランティア活動の厚みは増していったが、毎日たくさんの古着を車に積んで忙しく走り回る姿に子どもたちは反発した。高校生になる頃には「お母さんのようには絶対になりたくない」と言われたこともあった。その子どもたちが今、一緒にボランティア活動に参加したり、自分自身で社会と向き合い、色々な経験を経て、「お母さんのような生き方がしたい」と言ってくれるようになった。「ずっと家族を犠牲にしてきたと思っていたけれど、この活動を通して家族も一緒に作り上げてこれたのかな」と優しい母の顔で話してくれた。
 〈ザ・ピープル〉は一つひとつ地味な作業の積み重ねで作り上げられてきた。そして、「何かの役に立てるなら」と協力をしてくれる多くのボランティアとスタッフの手によって支えられている。「誰かが手を差し伸べてくれるのを待つのではなく、行動をする勇気が一人ひとりに根付いていって欲しい」。彼女の想いは、目には見えないけれど、たくさんの人の心に届き、そしてこれからも届いていくはずだ。「誰かのために」一人ひとりが動き始めれば、きっと人にも環境にも優しい街へと変わってゆくだろう。

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